プロフィール

初めまして。みらいと申します。

僕のインターネットを使ったビジネスの売り上げはこちらです。

違うのもあります。画像クリックで拡大します。

 

 

アマゾン画像

 

これはブログランキングで1位になった時のです。





(ブログ名は変更してあります。)

 

 

 

 

「あなたは今、幸せですか?」



 

この言葉は小学校の卒業の時、

卒業生全員に配られたカセットテープに

僕らの歌う合唱などと一緒に担任の先生が吹き込んでくれたメッセージです。

 

そのメッセージは10年後の僕らに問いかけるものでした。

「10年後のあなたは今、幸せですか?」

「幸せです。と答えられるようになっていることを、祈っています。」と。

 

あれからかなり月日が流れてしまいましたが、

未だに自分と自分の周りの人に問いかけることがあります。

ときどきね。

 

 

人には、他人には決して解らないその人のストーリーがあります。

良いこともあれば、悪いこともある。

 

裕福な家庭で生まれたものの人生と、

中学の時に親から「解散」と言われてホームレスになった中学生の人生は絶対違うし、

ごくごく普通の少年でも東京住まいの子と沖縄住まいの子は違うストーリーがある。

 

同じ年代、同じ土地、同じ学校、同じ職業とか、

辿った経緯が同じだったとしてもその人達が同じストーリーになる事はない。

 

また、同じ人生を歩んだとしても、

きっと同じストーリーを人には語れないはず。

物事の捉え方や考え方、その後どう行動するかは人によって違うから。

もし産まれてからの全ての出来事が全く同じ人生を

自分のクローンが生きていたとしたらわからないけれどw

 

 

人は生きていると色々なことを体験します。

始めて何かをやり遂げた時の達成感や

美味しいものを口にほお張った時の幸福感とか。

 

大好きだった人にフラれた時に瀕死になるほどのダメージを受けたり、

明日は生まれて初めてのキスをしよう、と決意したデートの前日のドキドキ感や、

それが失敗に終わった時のなんとも言えない気持ちとか。

 

僕も、ほとんどの事は普通の事かもしれないけど色々と経験してきました。

その中でも僕に大きな衝撃を与えたものがあります。

 

それは、自殺。

文字通り、”自分を殺す” です。

会社の上司だった人が自殺したんです。

 

その話しを聞いた時、僕の口からは何も言葉が出てきませんでした。

こんな話しはあまり人に言う話しではないのかもしれませんが、

それでもお伝えしたいと思いここに書いていこうと思います。

 

僕だけにしか語れない僕だけのストーリー。

興味なんて全くないと思いますが、

もしよければコーヒーでも飲みながら気楽に読み進めて頂きたいです。

 

遊びを楽しむ無口な少年…



 

僕は東京都江戸川区の出身、

誰もが知る名女優の泉ピ○子、銀座まるかんの斎藤一○さんは僕の大先輩。

らしい。

4人兄弟の末っ子でごく普通の・・・よりかは貧しかったかな?

まぁどこにでもある普通の家庭に生まれました。

 

 

頑固だが優しい親父は元理容師で、

僕が生まれた時には親父のお兄さん、

つまり僕の伯父と小さな工場を経営していた。

僕が成人になるくらいまで。

 

 

親父は伯父さんとケンカか何かしたらしくもう一緒にやりたくないと・・・

何十年も続けてきた工場をたたみ、

今は工場で使っていた機械を引き取ってくれた会社で働いています。

 

 

これは僕のただの想像だけど、

工場の経営があまり上手くいってなかった。

きっとそれがきっかけで伯父さんと意見が合わず

じゃもうやめようって話になったんだと思う。

そんな親父はなぜか調理師免許も持っているとか。

 

正直、親父は賢い経営者ではなかったのだろう。

叔父さんもそうだったんだと思う。

朝から額に汗をかき自分で機械を操作し作業をしていた。

 

親父も叔父さんも一緒に”作業”をしていたので、

マーケティングのことなどを”考える時間”や”学ぶ時間”がなかったのだろう。

いや、なかったというよりは作らなかったといった感じか。

それの重要性を理解していなかったために作らなかったのだと思う。

 

 

バブルが弾け、経営は悪化。

当然の結果だと言わざるをえない。

 

それでも僕が成人を迎えるまでなんとか会社を継続し、

不自由なく生活できるように育ててくれた。

とてもありがたいです。

 

強くてニューゲームみたいに、僕が今の思考のまま子供の頃に戻れたら、

もしかしたら何とか上手く軌道修正できていたのであろうか…。

 

 

 

小さくて可愛らしい母は専業主婦。

僕が中学校に入り手が掛からなくなってくると近くの蕎麦屋さんにパートに出ていた。

小さくてよくはわからなかったが、

僕が小学生の時とかには内職等をしていたと思う。

 

 

食べるものに困っていた日々もあったと思う。

子供等に先にご飯を食べさせ、

自分は残り物を食べるとゆう時期もあったであろう。

 

 

育ち盛りの子供4人。

何もわからない子供はそりゃ~食べる食べる。

3人は男だし(^^;

 

 

僕は好き嫌いが多かったから、あれやだこれやだと迷惑掛けた。

でもおかげで残り物も増えてたかも(笑)

と、良いのか悪いのかよくわからないが・・・。

 

今は親父と同じ会社で親父と一緒に仕事をしている。

自分を犠牲にしてまで僕を気遣ってくれるとても優しい母親です。

(別にマザコンってわけではありませんので(^▽^;))

 

 

今の自分があるのもこの二人のおかげです。

両親にはしきれない位とても感謝しています。

ありがとうございます。

(まだ何も親孝行できていませんが、なるべく早くこれからします(;^ω^))

 

 

 

僕が小学生の時にJリーグが開幕。

周りがヴェルディ川崎!ヴェルディ川崎!

カズだ、ラモスだ武田だって言ってる時、

僕は鹿島アントラーズの10番。

元ブラジル代表ジーコ選手のファンでした。

(後にジーコは日本代表監督にもなったよ。)

 

そんなやつは友達の中でマジで僕だけでした。

どっかねじれた性格なんです(^^;)

 

 

僕は小学校の時には、

「うちにはお金がないんだな~。」

となんとなく悟り、あまりおねだりとかはしなかった。

 

どうしてもっていうものはたまにおねだりとかはしていたけど。

でも家族でどっか旅行に行きたいとかは一度も言ったことがないし、

服だっておさがりの物が多かった。

新しいのを買ってとはあまり言えなかった気がする。

 

こういった反動でファッションモンスターになる人もいるけど、

僕は服にあまり興味がない。

できれば年中スウェットとかで過ごしたい。

さすがにそれはしないけど(-_-;)

 

 

今の子供らは何して遊んでいるかは分からないけど、

僕が子供のころは色んな遊びをしていた。

 

サッカーとかキックベース(野球のバットを使わないやつ)とか、

ドッジボール、バスケ、卓球、チャリで遠出、

氷鬼(鬼ごっこ)とか缶蹴り、どろけい(けいどろ)、

秘密基地も作ったし、スーパーファミコンも面白かった。

 

なぜか”ビー玉”が近隣の3つの小学校を巻き込むほどの大流行。

1つの公園に学年もバラバラの100人位?の小学生が毎日集まりビー玉で遊ぶっていう。

いつの間にかそのブームも無くなってしまったけど。

 

 

他にももう覚えていない位の数々の遊びを生み出し遊んでいたと思う。

子どもは遊びの天才。

遊ぶために頭をフル回転させて色んな知恵を絞って遊ぼうとする。

いかに勉強をさぼるか、いかに親の目をかいくぐって遊ぶか。

 

それにかける情熱や貪欲さ、努力はものすごいものがあるww

尊敬とか感心するほどのものがあるなと思う。

大人になった今、”何か”をあの熱量をできればなとつくづく思う…。

 

 

まぁそんな感じでよく遊んではいたけど、

反抗期とかになると家では無口で一言もしゃべらない、

笑うことも全くない、まるで死んでいるような反抗期を過ごしていましたw

 

親に暴言を吐くとか何か反抗的な態度をとるとかはなかったのですが、

ま~静かで何考えているかもわからない少年でした。

なんか不気味だったと思います。

笑いも怒りもしないくら~い子。

 

 

学校にいても多少そんな所があった気もしています。

思った事を口にできなかったし、

一人蚊帳の外みたいな想いを感じている時もあった。

 

何か発言すると悪く思われるとか、陰口を叩かれるかもと思うと怖かったし。

校内ではいじめみたいなこともやっぱりあったし。

特に女子はこわい…(;´・ω・)

(僕がいじられていた訳ではないけど。)

 

 

まぁとりあえず友達とはワイワイ楽しんでいました。

でも家では”無”みたいなw

中学生になるころには反抗期も終わって普通になっていたとは思いますが、

それでも静かな子供だったと思います。

 

 

そんな小学校の時の夢はサッカー選手だった。

が、中学の時に諦めました。(はやっ!!)

 

諦めたというか他の事に興味が沸いてきたんです。

 

 

 



昔、「ビートたけしの元気が出るテレビ」という、

ビート武が司会の番組の企画で”ダンス甲子園”って企画があったんです。

それを見てからずっとストリートダンスに興味があって。

 

あ、その前に一瞬インラインスケートにはまりましたw

俗にいうローラーブレード!

 

最初は全く興味なかったんですけど、

友達に誘われて水道橋(後楽園)のローラースケートリンクに滑りにいったんです。

全く滑れなかったけどなんか面白くて気づいたらハマってました。

 

 

僕らは頻繁にそのスケートリンクに滑りに行くもんだから、

そこの社長さんに可愛がって頂いて、

毎回タダ券を貰って毎週毎週そのスケートリンクに滑りに行っていました。

 

「ローラーゲーム」っていう、

インラインスケート&ローラースケートのプロリーグっていうのがあって、

なんだか知らないうちに僕らはそこのジュニア選手みたいな教育を受けるようになっていたしw

 

僕は途中でやっぱりダンスに興味が沸いてやめてしまいましたが、

続けていた友達は後々、東京ボンバーズっていう有名チームや、

ムラサキスポーツのチームなどで活躍し、

プロのローラーゲームのスター選手と言えるくらいの成長を遂げていました。



(ローラーゲーム中の写真。ネットから拾い。)

 

 

 

それで話しをダンスの話しに戻すと、

僕が中学の1,2年の時に新しくダンス番組が始まったんです。

 

「RAVE2001」

 

TRFのSAMさんとかデビュー当時の優香が司会をやったりしてた番組です。

 

 

それを毎週、当時はビデオですよ。(VHSだっけ?)

毎週ビデオで録画して繰り返しみて真似してました。

 

周りでやってる人も教えてくれる人もいなかったので、

わからない所は何度も何度も巻き戻して真似して、

動きが映ってなくてわからない所はこんなかなーって想像して踊ってました。

 

 

たまにビデオデッキにテープが絡まったりするんですよこれが(^^;)

やべーやべーって焦っちゃって。

無理やり引っこ抜いてテープが切れちゃったりして。

 

しょうがないからセロハンテープとかで無理やりつなげて。

バンドエイドで直したのもありましたww

懐かしいなww

 

 

ずっと3倍速で録画してたんですけど、

番組が終わる頃まで撮ったら40本近くになってたかなww

 

まぁ最終的には無断で全部捨てられちゃったんだけ(´;ω;`)ウッ…

めちゃめちゃショックでしたわ・・・

 

 

そんなこんなで部活を引退してからは、

ダンス♪ ダンス♪ ダンス♪

完全にサッカーはやめてダンスに打ち込むようになりました。

 

 

そして都立の高校へ進学。

 

 

 

常識を知って恐怖し絶望していく日々。



(母校の写真です。)

高校に入ってもストリートダンスにどっぷりハマってました。

学園祭や体育祭等の学校行事やクラブイベント、

ダンスコンテストなんかにも出ました。

 

 

遊んで踊って恋愛して。

まぁどこにでもいるただのガキンチョで、

なんか何も考えずなんとなーく過ごしてました。

(今思うとほんと時間がもったいない(-_-;))

 

 

卒業後の進路は特に希望はありませんでした。

就職する人、目標をもって専門や大学に進学する人、

特に何もないけどなんとなく大学に行く人。

 

僕の周りではなんとなく大学に行く人が多かったと思う。

なんかそれが 普通 で当たり前みたいな感じだった。

 

うちは裕福ではないのは知っていたし、

大金が掛かる大学にとりあえずや遊ぶために行く気にはとてもなれなかった。

 

でも、

専門学校のダンスパフォーマンス科への進学は少し考えていた。

大学と比べれば安いけどそれでも大金が掛かってしまう。

 

 

今でこそ少しはダンサーの認知度も上がり

世間に少しは認められてきてはいるが、

当時はまだまだ認知度も低く、

「ダンサーになりたいなんてバカいってんじゃねー!!」

みたいな時代だった。

 

今もまだそうっぽいけど・・・ってゆうかきっとそう。

 

ダンサーが稼いでいる人が少ないからなんだろうな。きっと。

ダンサーはダンスとビジネスを別々に考える人が少ないから(-_-;)

 

 

自分で学校の学費を払うのは無理だと思ってたし、

就職して仕事が終わってからでもダンスはできる。

 

そう思うようにして諦めようとしてる情けない僕に親父は、

「本気でやりたいなら親や周りの反対を押し切ってでもやってみろ!」

つって後ろから僕の腰に手を回し、

投げっぱなしのジャーマンスープレックス!!

 

 

はしていませんが(^^;)

 

 

それくらいの気持ちだっただろうなと思います。

情けないやつだなこいつは。男じゃねーなー。

ってね。

 

 

そうして親父の言葉に後押しされ、

僕は専門に進学したいとお願いし、

新宿の専門学校に入学させてもらった。

 

 

 

まぁ先に言ってしまうと、

僕は結局プロのダンサーにはなれませんでした。

 

 

20歳で専門を卒業してフリーターになり、

暫くはプロダンサーを目指してたんですが、

世間で言う ”常識” とでも言えばいいのか、

”目に見えないプレッシャー” 

僕は少しずつ少しずつ押し潰されていきました。

 

まだフリーター?

いつまで遊んでるの?

子供じゃないんだから

いい加減に就職しろ

いや完全負け組

まだお山の大将気取ってるの?

しょうがないよ。ピーターパンだから

社会に出て勉強しろ

で、これからどうするの?

社会保障とかあんの?

親に心配かけんな

そろそろ就職できなくなるぞ

お前甘いよ

現実逃避

やばいっしょ。終わってる

しっかりしろよ

 

 

とかまぁ色々言われました。

直接何も言わない人でもそうゆう目とか顔をするんですよね。

そうゆうのもやっぱり辛かったし苦しかったし悔しかった。

 

 

自分でもダンサーとしての可能性とか疑い始めたりしてたから、

「就職しないといけないよな。」

って思考に自然と変化していきました。

 

 

それの影響か、次第に自分で自分に疑問を抱くようにもなっていきました。

 

「俺はなにやってるんだろう。」

「何がしたいんだろう。」

「俺って何なんだろう。」

「なんのために生きているんだろう。」

「生きてる意味ってあるのかな?」

「いなくても世界は何も変わらないよな?」

「居なくなったら誰か悲しんでくれるのかな?」

「みんななんで生きてるんだろう。」

「どうして俺はここにいるんだろう。」

「どうして俺は、俺なんだろう。」

 

僕の頭の中ではそんな自問自答が永遠続いてた。

 



 

 

僕は勇気がなかったんで自殺する気にはならなかったし、

そこまで追い詰められているわけではなかった。

でも別にいつ死んでもいいやとは思っていました。

(今は全く思ってません。まだまだ死にたくないです(^^;)

 

 

きっと医者に行っていればうつ病って言われただろうし、

アイデンティティクライシスと言えばそうだったのだろうと思います。

 

そんな状況でも一応ダンスは続けていたので、

人とのつながりがあったのが良かったと思う。

もしそれがなければもっと暗い闇の中に行っていたと思う。

 

無理やりにでも人との関わりがある事で、

外の顔を作らないといけなかったから。

どこか気を張っていたから。

 

 

そんな僕を救ってくれたのが1人の女性だった。

その女性とは前から知り合いで、

再会って感じでまた仲良くなって、

それがそのうち恋愛にまで発展した。

 

 

まぁその後、彼女に浮気されて結局別れたんだけどw

でも彼女との出会いは本当に大きかったし、

ありがたい事だったと感謝の気持ちの方が大きい。

 

 

話しをちょっと戻して、

その彼女と再会する前に僕は就職をしようと思い始めてたのだけれど、

ただ給料が良いからとか福利厚生がどうのとか、

こっちよりこっちのが条件が良いからとか・・・

 

別に何の興味もない仕事を適当に選んで、

毎朝死んだような顔で満員電車に揺られている人や

同じような毎日をただただ繰り返してるようなロボットみたいな人とか

愚痴や不満ばかりを周りにばらまいてる不幸な人、

奴隷のように疲れきって働いてる人。

 

 

そうゆう人とかにはなりたくなかったし、

そうなる可能性がある中で、

これから何十年続けなければならないと考えると

とても恐ろしかった。

 

いやこれじゃあかんやろ。俺の人生。

ほんまいやや~。(関西弁はしゃべれません)

 

って強く感じてました。

 

 

それでもどこかに就職はしないとこの社会では 人間 と思われません。

 

就職していないだけで無条件に見下されバカにされ

親は心配し、女性からは恋愛対象外。

 

あ”あ”ああぁぁぁぁーーーーーーーー( ノД`)シクシク…

 

 

・・・・・・・。

 

・・・・。

 

 

 

就職するなら少しでも興味ある仕事が良かったから、

僕は大好きな動物関係の仕事を探し始めて

最終的には トリマー (犬の美容師)って資格を取って就職しようと思った。



(写真は元勤務先のお店から拝借)

 

 

学費を稼ぎながら、

ろくにしたことなかった接客の仕事を少しでも覚えるために

安易に選んだのが居酒屋の仕事でした。

 

過去に接客っていうと、

マクドナルドとパチンコ屋でバイトしたことはあったけど、

マックではレジの仕事は断り続け、

パチンコ屋はちょっとまた特殊な感じするんで、

居酒屋入った時には接客は初めての感覚で始めました。

 

この居酒屋でのアルバイトが、絶望の門でした。

 

 

ブラック企業で喰らった衝撃は超元気玉レベル!?

 

大都会 花の都 東京。

サラリーマンの聖地 新橋。

 

 

平日はサラリーマンでごった返してます。

金曜の深夜なんて道端に死んだように横たわる酔いつぶれた人が何人も(^^;

そのすぐ横で気にせず飲み続ける人もいるしww

本当に具合が悪くて倒れててもきっと誰も気付かないだろうなと思う。

 

 

そんな街の居酒屋にアルバイトで入った。

最初は右も左も上も下も前も後ろもなんにもわからなくて大変だった。

 

ドリンクの作り方や言葉使いとか

電話の対応の仕方、料理の運び方や単価を上げる方法とか。

その他いろいろと。

 

 

自分が居酒屋へ飲みに行った時、

忙しそうだから店員をわざわざ呼ぶのは悪いなと、

気を使ったつもりで自分が店員の所まで行ってオーダー言ったり

物を取りにいったりしてる時あったけど、

それが逆に迷惑だったんだなと働いてみて思った(-_-;)

 

 

それに、中々帰ってくれないお客様・・・困ります(;´Д`)

 

 

今まで迷惑をおかけしたお店の方々、

すいませんでした・・・m(__)m

 

 

 

さて、

365日、年中無休のこのお店。

飲食店は基本的にブラック企業ですよとよく聞く。

ここもそうだ。

 

 

半日勤務は当たり前。

週に1度しかない休みも会議やなどがあれば出勤の時あり。

会社の会長が食事しにくるってだけでも休日出勤する場合も。

 

家が遠いいため、帰るのは週に2.3回であとは店で寝泊りしてる社員もいた。

風呂は近くのサウナか調理場で洗うか。

 

 

毎月売上げ目標があるけど、

もし目標に届かない時は自分の財布から数万円とかをレジに入れたり。

もちろん目標に届かなければ怒られる。

 

 

上司に頭を下げて、酔っ払ったお客さんに頭を下げて

「つらい。しんどい」

とつぶやいている。

 

 

 

家族との時間も作れず時間帯も合わない。

夫婦仲は悪くなり 離婚 してしまった人も多くいた。

 

 

社員がそこまでがんばっても大震災や不況のせいで経営は傾き、

東日本大震災前には10店舗位あったお店が今では2店舗まで縮小。

(これは不況だけの問題ではなくマーケティングなどの問題もでかい)

 

 

将来の不安も大きくなり社員は辛そうで大変そうだなって思ってた。

お世話にはなってるけど絶対にここの社員にはなりたくないと・・・

 

早く金貯めてトリマーの資格を取って、

そっちの仕事をがんばろうと思ってました。

 

 

 

そんな時に1つ、大きな出来事があった。

 

 

 

このお店で料理長をしていた人がいた。

 

見た目はちょっと怖いけど、

二日酔いの時以外はいつも明るくて面白い、

料理も美味くて大酒飲み。

こわもての気さくで良い人。

 

 

いつも「一刻者(いっこもん)」っていう芋焼酎を

それ水割りですよね?

って量をグラスに注ぎいつもロックで飲んでいたw

 

 

僕がいた店舗から違う店舗に移動したんだけど、

暫くしてから会社をやめて違う居酒屋に入ったみたいで。

 

 

会社やめてからはたまに連絡とったり、

「お前そっちやめてこっちこいよ。女の子もいっぱいいるぞ。」

って誘ってくれたりしてたのですが、

お互い忙しいし時間も合わない事もあり段々と連絡も取らなくなっていきました。

 

 

それから1年か2年か。

 

 

 

店の社員の人から、

「みらい。ちょっと話しがある。」

 

 

暗い表情に低めのトーン。

雰囲気から良い話しではないなと瞬時に悟った。

自分の事なのか、あるいは他の話しなのか・・・

 

 

頭の中でぐるぐると色んな事を想像しながら奥の席に向かう。

席に座ると少しの間を置いて、前触れもなくいきなり言ってきた。

 

 

「実はな、 Kさんが亡くなった。」

 

 

良くない話しなのは感ずいていたが、

そんな内容とは全く予想していなかった。

 

最初の

「え!?」

以外に何も言葉が出なかった。

 

 

その時の感情をできれば細かく伝えたいけど、

正直なんだかあんまりよく覚えていない。

 

ただ楽しそうな酔っ払ったおっちゃん達の笑い声だけが遠くに聞こえていた。

 

 

 

死因はまだわからないとの事だったが、

数日後にはっきりした。

 

そうあれだ。

僕の人生に衝撃を与えたもの。

 

 

死因は 自殺 

 

 

僕はこれまでに事故や病気等で友人知人の死を経験してきたが、

これはマジでものすごい衝撃だった。

 

フリーザがナメック星でバカでかい元気玉をくらった時位の衝撃だったと思う。

はたまた、ドフラミンゴがルフィのキングコングガンをくらった時のような。

 

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・

どっちも喰らった時のダメージをイメージしにくいよね~マンガだし(*´▽`*)

まぁいいや!

 

 

とりあえず、自ら死を選んだのだ。

あの人が。

そうゆうのとは全くの無縁と思われるあの人が。

 

 

信じられなかった。

 

 

僕は何か少しでも力になれたのではないかと悔やんだ。

 

 

一緒に働かなくてもせめてたまに飲みにでも行ってれば・・・

たまに連絡くらいとっていたら違う結末になっていたかもしれない・・・

 

 

どうやら移動した居酒屋もやめて他のお店に就職していたみたいだけど、

そのお店もやめていたとかいないとか・・・

 

知らなかったけどかなり色々と悩んでいたらしい。

やめてからも僕が働いている所の元上司のとこへ相談しにきていたみたいだし。

 

 

40前半で独身だったけど、

僕の頭の中ではまだまだこれからの人だった。

でもあの人の中ではもうここまでだった・・・。

 

 

楽になりたかったんだよ。

 

 

その時の料理長が一言だけ、そう言っていた。

 

 

 

誰もが暗い人の事なんて興味を持たない。関わりたくない。



 

僕は料理長の一言を聞き、

なんだかモヤモヤしつつもそうだったんだなと

ただなんとなく納得するしかなかった。

 

なぜそんな事をしたのか理解できなかった。

一度は闇に飲み込まれそうになっていた僕だけど、

そこまで深い所までおちてはいなかったし、

その時にはすでに僕の心に光が射していたから。

 

 

仲の良い人や、いつも一緒にいる人同士でも、

人の心の中はよくわからない。

 

仲の良い友達と久しぶりに会って昔の話しをしていた時、

本当はあの時こう思っていたんだよって話しをするとビックリされる事がある。

実はこうだった、なんて知らない話しもたくさん出てくる。

 

いつも一緒にいる仲の良い友達同士でも知らない事は多い。

 

 

あの人の闇を知る人なんていたんだろうか。

気付いている人なんていたんだろうか。

 

きっといなかったんじゃないかな。

かつての僕の心の闇を誰も気付かなかったように。

解らなかったように。

 

 

周りの人なんて結構冷めたもんで、

ただの暗い人、ネガティブな人、くらいにしか思わない。

本気で心配してくれる人なんてそうそういない。

付き合いの浅い人はあまり踏み込んで関わろうとはしてこない。

まぁそんなのはデメリット考えれば当たり前なんだろうけど。

 

 

そんな暗い人間と一緒にいても面白くもなんともない。

さらにめんどくさいしなんか気持ち悪いとか思われても仕方がない。

自分はそういう態度や行動や表情、発言や発音をしていたんだからしょうがない。

今となってはそう思う。

 

あの頃の自分は本当にダメダメなやつだった。

人なんて寄ってくるわけがない。

 

 

でも、

そういう状態になっている時にはそういった事に自力で気づくのは多分ムリ。

気付いたとしてもそこから抜け出すのはかなり難しいはず。

必ず外部のなにかしらの力が必要になる。

僕は運よく外部の影響があったから救われた。

 

 

前に1人の女性が救ってくれたと書いたけど、

この女性とはかなりの時間、色んな事を語りあった。

そうしていってなんとか彼女が僕の心の深い所へ辿りついたとはっきりいえる。

 

 

ぶっちゃけ始めは自分でもよくわかっていなかった。

自分がどんだけ苦しんでいたのか。つらかったのか。

 

彼女との会話の中の流れで自己開示していくうちに、

段々と頭と心が整理されていって、

自分でも知らなかった自分が出てきた感じだったのかな。

 

 

あの時僕がどんな顔をしていたのかは分からないけど、

なぜかふいに抱きしめられた。

 

抱きしめられるとなぜか自然と涙があふれ出て、

僕はそのまま身を委ね大泣きしていた。

あれは何年ぶりの涙だったかな。覚えてないや。

 

 

それでも、

そこに辿り着くまでに何回も何時間も一緒にお酒を飲んで語り合って

ようやく少し理解できたってレベルなんだと思う。

全てを理解したなんてことはない。

そんな事は不可能です。きっと。

 

それでも僕に光を当ててくれた人だから、

浮気されてもなんだかんだ彼女には感謝の気持ちの方が大きいと(^^;

当時はちょっと無理だったけど・・。

 

 

自殺した元上司は、きっとそういった出会いがなかったんだと思う。

それは別に女性じゃなくてもいい。

男性でも子供でも年配の方でも国籍の違う人でも誰でも良かった。

別に人でなくても、出来事とかでもなんでも良い。

 

ただ何か、その人の心に光を当てるものであればなんでも。

 

 

残念ながらその人の元にそれらは間に合わなかった。

光が射す前にその人は限界を感じ、

全て終わらせようと行動してしまった。

 

どんな行動をとったのかも聞いたんだけど、

ここではそれは伏せておきます。

 

 

とても悲しいことだった。

 

 

僕がこんなに感じるくらいだから、

もっと身近にいた人はもっと強く感じいるんだろうなと思う。

正直どんな気持ちなのかはちょっと想像できない・・・。

 

僕はこれ以上そういった悲しい想いをする人達を増やしたくないと思っています。

 

 

 

現実を変えようとしたら新しい自分に気づいた!

ちょっと話しがそれた気もするけど続きます(^^;

よくこんな悩みをネット上やテレビで目にする。

 
  • リストラされないか不安。
  • この会社は大丈夫か心配。
  • 定年までしっかり働いていけるか?
  • 年金だけで老後生活できるかどうか?
 

他の関連記事でもこんなのがある。

トイレの中にいるときにでも読んでもらいたい。

30年以上続く企業は○○%

年金75歳受給時代!?受給開始年齢が遅くなった場合の恐怖!でもこれを知っていると大丈夫。

 

年金は65歳からの支給になったのでそれまで働きつづけなければならない。

70~75歳支給に変更の可能性もある。

 

そのために老後までにはある程度の貯蓄をしなければならない。

不況で給料もなかなか上がらないのに。

税金だけがどんどん上がっていく。

釣られて政治家などの懐に飛び込むお金も増えているのではないかと不信感も上がる。

 

 

簡単に考えても不安になるばかりだ。

自分は早く専門職であるトリマーとして就職しお金と経験を積んで独立。

店舗を拡大して仕事を続けて幸せになるしかないと思っていた。

 

 

それから暫くしてトリマーとしての就職が決まり、

地元近くのトリミング室で働く事になった。

 

 

やっとスタートラインだと思い僕はやる気に満ちていた!

 

お店は結構繁盛してる店で忙しかった。

朝9時に出勤し9時半開店。

19時半に閉店で速くて20時半に店を出る。

 

週の後半は忙しく大体21時過ぎ。

それがその店の”当たり前”だった。

遅いときは22時過ぎに店を出る事も。

 

 

自分の作業が遅かったり忙しかったり

トラブル等で作業が遅れた場合は休憩は無し。

 

お昼ご飯どころか水を1口飲む事もできない時もあった。

お店が閉店し雑務が落ち着くまで。

自分の作業がスムーズに進んだ場合でも、

他での作業の進みが悪ければフォローに入らなければならない。

 

 

時間通り作業が進み休憩に入れても30分のみ。

ゆっくりお昼を食べる時間はなかった。

 

 

犬のトリミングをしたことない人は分からないだろうけど、

トリミングってめっちゃめちゃ体力を使います。

 

 

何がとは細かくは説明しないけど、

とにかくめちゃめちゃ疲れる作業なんです。

下っ端は汗だくになってずっと運動してる感じです。

 

 

なので、水を1口も飲まずに半日作業とかって地獄でした。

しかも扱うのが生き物なので、

ケガや事故が無いようにずっと集中してなきゃいけないんです。

そんなの無理ですから。

そんな長時間も集中力続かないです。

でもお客様の大事な家族をお預かりしている訳で…。

 

 

お陰で2ヶ月経たないうちに10キロ近く体重が減ってました(笑)

まぁ他の店舗だったら違かったと思いますけど。

忙しいお店だったんで。

(値段が安いのでいっぱい頭数をこなさないと利益がでないお店でした。)

 

 

 

僕はいつか独立するつもりだったので、

そのためにお金も貯めなきゃいけなかったんです。

でも給料すっごい安かったんです。

 

 

15万円

 

 

手取りで12とか13万とか。

そこから月々の支払いとかしたら

月に自由に使えるお金がもない位でした。

 

正直きつかったですけどお陰でタバコやめれましたwww

ありがとうございます。

 

いや~しかし正直これだけ動いてこれかって思ってました(-_-;)

 

 

それでも独立するまではしかたがないと思って

がんばろうって思ってたんです。

でも、ある日ふと気づきました。

 

 

その金額じゃ独立資金貯まるまで

ど・ん・だ・けーーーーーーー(゚Д゚;)!?!?!?

 

 

ってなってしまいまして。

このままじゃ一生独立資金なんて貯まらないと思いました。

 

僕はよく知らない人だけど系列店の違う店舗で働く人は、

一回やめてパチンコ屋でバイトしてお金を貯めてまた戻ってきたらしい。

 

んで経営とか学ぶためにセミナーとか通ってて金が減ってきたと。

だから本当に独立するにはまた資金を貯めなきゃいけないとか。

 

 

当時の僕は無知でバカだったので

「うわ~そんな大変なのか~マジか~」

って感じでした(^^;

 

トリマーとしてまだまだ未熟で、

空いてる時間も勉強しなきゃいけなかったけど、

技術身についてもお金貯まらなきゃ結局意味ないと思って、

次第にというか、正直一気にお金の方に意識がいきました。

 

 

トリマー全体を指導する立場の人でも

僕と1万5千円しか給料変わらないという衝撃の事実!!

まずは技術を身につけてから。

なんてゆっくりやってらんないと思って。

 

 

それに真剣に仕事続けてればイヤでも技術は身につく。

真剣に仕事してても会社が給料上げてくれないとお金は増えない。

増えてもちょっと。

だから何か副業するなりなんなりかして探さないとと思い

ネットで検索したのがほんと転機となった。

当時はパソコンもなかったからスマホで。

 

 

それまではインターネットってあんま使ってなくて、

むしろちょっと毛嫌いしてる感じだったかな。

興味も全然ないし信頼できないし。

信頼どころかなんかで騙されたりして詐欺にあうとかすげー思ってたww

 

まぁでもその副業探しの検索がキッカケで、

ネットを使うようになって本当によかったと思う。

 

 

 

世界中何十億人を相手に商売し稼いだりもできる可能性がある

という事を知れたこともそうだけど、

自分は地球上で70億分の1の存在なんだと改めて認識できたこと。

 

 

・自分の人生は自分が主役で、

自分で自分の人生を作って

自分で歩いていかなければならないこと。

 

・自分の望みは自分でしか叶えられないということ。

・自分の望みは自分でなら叶えられるということ。

 

・世界の全てはいろいろな素晴らしいもので繋がっているということ。

 



 

まぁその他いろいろと。

 

ネットを使っていない生活してた時よりも

自分に入ってくる情報の 質 も 量 も圧倒的に違う。

 

 

 

 

世界の拡がりは人生の可能性を大きく拡げる。



 

ネット上には悪い人とかいっぱいいて

犯罪とかもあるしウソや間違いも沢山あって、

自分で善悪とかの判断をしなきゃいけないんだけど、

良い人とかもいっぱいネットを使ってるから

自分にプラスになる情報なんかもいっぱいある。

 

 

朝起きて、満員電車に揺られて会社行って

職場の人と会話して帰ってテレビみて、

たまに新聞や本読んでゲームして寝て

起きてまた満員電車で会社に出勤。

 

 

この生活だけだと本当に一部の情報しか知る事ができない。

(しかもテレビや本、新聞、人との会話も

善悪や正しい間違い等がある。

それにマスメディアには洗脳できるように

情報が操作されているので思考力や判断力がなくなっていく。)

 

 

 

「100年前は1000万人をコントロールするのは簡単だった。

しかし今は1000万人をコントロールするよりも殺すことの方が簡単だ。」

 

これはどっかの国の政治家が発言していた言葉です。

(誰かは忘れました。)

情報が溢れて規制できず、コントロールが難しくなってきてるってことです。

 

 

 

インターネットは情報量が無限大で世界中の人と繋がれる。

握手ができる。

それは過去の偉人とも。

昔は図書館でしか知りえなかった情報も

今はネット環境さえあればどこでも知ることができる。

 

 

そのおかげで、

僕は今なにかを「知る」という事がとても楽しいです。

もっと色んな事を学びたいと思っています。

今までなぜしてこなかったのか不思議なくらい。

今は色んな事を知りたいと思っていて時間を大事にしたいなって思ってます。

 

 

生きていれば色々な楽しいことっていっぱいあるんだなって思うようになりました。

もちろん辛いことや苦しい事もあるとは思うけど、

でもその分逆の感情を感じた時の快感は大きいと思う。

達成感とか幸福感とか喜びとか感動とか。

 

それらは生きていなければ味わうことのできないものである。

(まだ死んだ事がないから、多分…。)

 

 

闇に呑まれ自殺した先輩の心境は分からないけど、

自ら人生の幕を閉じるというのはよっぽどだったんだろうな。

 

 

日本の年間自殺者は数万人。

年間10万人以上が自殺だと言ってる人もいます。

日本でも特に東京は多いです。

 

 

大体が金銭的な理由で。

それで精神が病んでしまってとか、

薬や危険ドラッグに逃げちゃってとか、

ヤミ金に金借りてとかそれぞれ色んな理由があると思うんですけど・・

 

 

悲しいですよ。

 

 

その人と繋がっていた多くの人達が悲しい思いをする。

もしかしたら後を追う人もいるかもしれない。

一生後悔の念を抱いて生きてく人もいるかもしれない。

取り残されて悲惨な人生を送る人もいるかも知れない。

 

 

ほんと悲しいです。

 

 

お金があればそんな悲しいことないんですよ。

世の中の8、9割のことは大体お金で解決することができます。

もちろん無理なこともありますけども。

 

 

日本ではお金の事やビジネスについて全く教育がされないから、

ほとんどの人が就職する以外に稼ぎ方を知りません。

 

義務教育を終えて、

良い高校大学に入って、

良い会社に就職する。

老後までにお金を貯め、

老後は貯めたお金と年金で余生を楽しく過ごす。

 

これが当たり前でこれが普通。

こうしなきゃいけないと思い込んでいる。

これが一番賢い生き方なんだと思ってる。

 

このレールに乗っていない人は、

特殊な人や凄い人、変な人とかって思ってる。

自分や普通の人とは違うんだって。

だから自分には無理だとか思ったり、

関係のない世界の人なんだって感覚を持っている場合がある。

 

 

今のこのレールが普通だし、

みんなそうしてるんだからこれで良いんだって、

思い込んでるし、思い込もうとしてる。

 

 

でも実際はもっと色んな生き方があります。

ただ単に知らないってだけで、

知識を身に付けたら色々な道があるんだなと

今まで一本しか道はないんだなと思っていた道が複数見えてくるようになります。

 

 

まずはどんな道があるのかを知ってみて、

それからただその道の事について学びさえすれば、

きっとどんな道でさえも歩んでいけるようになれます。

 

”知る”ということは要するに地図を手に入れるようなもの。

地図があれば新しい道があるのが分かるし新しい行き方もわかる。

その道を通るか通らないかは自分で決めればいい。

 

 

例えば、

今はビジネスの知識が0だったとしても、

これからでもビジネスを学んで、

就職をしないでも稼ぐ事ができるようになれば、

”本当の安定”というものが手に入るようになります。

 

会社に行って誰かに仕事を貰わなくても、

自分で仕事を生み出し直接対価を得る事ができるようになるから。

 

 

忙しい経営者などではなく優秀な経営者になれれば、

金銭的な悩みはなくなっていくし、

好きな場所で、好きな人に囲まれて

好きなように自由に生きていける。

実際に多くの人がそういう生活をしているように。

 

 

僕の目の前にはチャンスが沢山あります。

もちろんあなたの目の前にも。

 

それに気づくか気づかないか。

それをチャンスと思えるのか思えないのか。

簡単に言うと、知っているのか知らないのか。

ただそれだけのこと。

 

 

もしかしたら、

「そんなの自分には無理に決まっている。」

と思うのかもしれません。

 

しかし、今はインターネットがあるし、

先人達がすでに道を整えてくれていて、

さらにその情報を教えてくれます。

 

なので昔に比べれば圧倒的にビジネスをしやすい環境が整っています。

最初は何も分からないので当然難しいと思うかもしれません。

しかし、学んだ人はできるようになるし、

学ぶ人の方が少数派なのでチャンスは多いです。

 

 

もし金銭的に自由になりたい、

時間的に自由な生活になりたいと少しでも思うのなら、

まず最初にあなたのやる事はただ1つ。

まず”知る”っていう事だけ!

 

その後は方法を知れば良い。

あとはやるだけ。

今の色々と制限された生活から抜け出す方法は非常にシンプルです。

 

 

僕も最初はビジネスの事なんて何もわかりませんでした。

学歴なんてなかったし知識なんてもちろんなかった。

人脈なんてあるはずもない。

普通の一般的な企業に就職もしていない。

それでもネットを使って学びながらやってみたら物が売れて稼ぐ事ができました。

 

知って学びさえすれば誰にでもできる。

インターネットがそれを可能にしてくれました。

それくらいインターネットというものは凄い力を持っています。

どう使うかは自分次第。

 

 

もしあなたが食べていくためだけの生活をしているのであれば、

インターネットっていうスーパーサイヤ人神(ゴッド)級の力を借りて、

今の生活から一緒に抜け出しませんか?

今でなくても、老後の事やこれから先の未来が心配で不安であるならば。

 

 

これから僕が知ってるノウハウや成功マインドなど、

このブログやメルマガで発信していきます。

 

僕は大きなことはできないかもしれないけど、

少しでも悲しい出来事を無くせるようにしたい。

悲しい思いをする人を減らしていきたいと思っています。

 

 

生活が少しでも楽になってもらいたい。

もっと視野を広げていろんな事に気づいてほしい。

楽しいこと、嬉しいこともいっぱいあるんだよって伝えたい。

 

 

みんな自分の生きる人生を愛してほしいし、

愛する人生を生きてほしい。

人生は一度きりです。リハーサルはありません。

今が本番。

あなたが主役のあなたの人生です。



 

 

これから経済的、精神的、時間的にももっと自由になってもらえればなと思います。

まずは最初に経済的に豊かになって頂き心に余裕を持てるように。

その後は必然的に時間もできるし、

住む場所などを縛られる事もなくなっていきます。

健康面でも良くなっていくでしょう。

 

 

このブログを読んでくれているあなたや、

あなたの周りの人が幸せな人生を過ごせるように

僕が少しでも光を照らすことができれば良いなと思っています。

もちろん僕自身も幸せな人生を歩んでいきます(^^♪

 

 

長かったと思いますが、

最後まで読んで本当に頂きありがとうございました!

 

 

 

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下の記事にはもう少し僕の腹の中の黒い部分が書いてありますw

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みらいの暗黒面(ダークサイド)

 

 

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それでは、どうもありがとうございました(^^)

 

 

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僕は24歳の時に トリマー(犬の美容師さん) になろうと決意し、そこからお金を貯め学校に通い、ストレートにトリマーになった人達にはかなり遅れてですが、晴れてトリマーになることがでました。

ところが、重労働によりヘルニアになってしまい、トリマー人生はわずか半年で終了。

トリマー時代のあまりの給料の安さに耐えられずに副業を探していた時にインターネットでビジネスが出来るとゆうことを知り実践。

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