プロフィール

初めまして。みらいと申します(^^)/

 

僕は知識も資金も人脈もなく、

本当に何も分からない状態からのスタートでしたが、

ネット上で物が売れて報酬を頂く事ができました。

 

インターネットを使ったビジネスの売り上げはこちらです。

違うのもちょっとあります。画像クリックで拡大します。

 

アマゾン画像

 

 

 

 

これはブログランキングで1位になった時のです。

 

(ブログ名は変更してあります。)

 

 

 

「〇〇さんが、自殺した。」

 

 

「あなたは今、幸せですか?」

この言葉は小学校の卒業の時、

卒業生全員に配られたカセットテープに

僕らの歌う合唱などと一緒に担任の先生が吹き込んでくれたメッセージです。

 

そのメッセージは卒業後の僕らに問いかけるものでした。

「あなたは今、幸せですか?」

「幸せです。と答えられるようになっていることを、祈っています。」と。

 

あれからかなり月日が流れてしまいましたが、

未だに自分と自分の周りの人に問いかけることがあります。

ときどきだけど。

 

 

人には、他人には決して解らないその人のストーリーがあります。

良いこともあれば悪いこともある。

 

裕福な家庭で生まれたものの人生と、

中学の時に親から「解散」と言われてホームレスになった中学生の人生は絶対違うし、

ごくごく普通の少年でも東京住まいの子と沖縄住まいの子は違うストーリーがある。

 

同じ年代、同じ土地、同じ学校、同じ職業とか、

辿った経緯が同じだったとしてもその人達が同じストーリーになる事はありません。

 

 

人は生きていると色々なことを体験します。

始めて何かをやり遂げた時の達成感や美味しいものを口にほお張った時の幸福感とか。

 

大好きだった人にフラれた時に瀕死になるほどのダメージを受けたり、

明日は生まれて初めてのキスをしようと決意したデートの前日のドキドキ感や、

それが失敗に終わった時のなんとも言えない気持ちとか。

 

僕も、ほとんどの事は普通の事かもしれないけどこれまで色々と経験してきました。

その中でも僕に大きな衝撃を与えたものがあります。

 

それは、自殺。

 

”自らを殺す”

です。

 

会社の上司だった人が自殺しました。

その話しを聞いた時、僕の口からは何も言葉が出てきませんでした。

こんな話しはあまり人に言う話しではないのかもしれませんが、

それでもお伝えしたいと思いここに書いておこうと思います。

 

僕だけにしか語れない僕だけのストーリー。

興味なんて全くないと思いますが、

もしよければ片手間で構いませんので気楽に読み進めて下さいませm(__)m

 

遊びを楽しむ無口な少年…

 

僕は東京都出身で、

誰もが知る名女優の泉ピ○子、銀座まるかんの斎藤一○さんは僕の大先輩。

らしいです。

 

4人兄弟の末っ子でごく普通の・・・よりかは貧しかったかな?

まぁどこにでもある普通の家庭に生まれました。

 

 

頑固だが優しい親父は元理容師で、

僕が生まれた時には親父のお兄さん、

つまり僕の伯父と小さな工場を経営していました。

僕が成人になるくらいまで。

 

 

親父は伯父さんとケンカか何かしたらしくもう一緒にやりたくないと・・・

何十年も続けてきた工場をたたみ、

今は工場で使っていた機械を引き取ってくれた会社で働いています。

 

 

これは僕のただの想像だけど、

工場の経営があまり上手くいってなくて、

きっとそれがきっかけで伯父さんと意見が合わず

じゃもうやめようって話になったんだと思います。

そんな親父はなぜか調理師免許も持っているとか。

 

正直、親父は賢い経営者ではなかったのだろうなと思います。

叔父さんもそうだったんだと思う。

朝から額に汗をかき自分で機械を操作し作業をしていました。

 

 

親父も叔父さんも一緒に”作業”をしていたので、

マーケティングのことなどを”考える時間”や”学ぶ時間”がなかったのだろうなと。

いや、なかったというよりは作らなかったといった感じ。

それの重要性を理解していなかったために作らなかったのだと思います。

 

バブルが弾け、経営は悪化。

マーケティングなど学んでいなかったのだから当然の結果だと言わざるをえない。

 

 

それでも僕が成人を迎えるまでなんとか会社を継続し、

不自由なく生活できるように育ててくれました。

とてもありがたいです。

 

強くてニューゲームみたいに僕が今の思考のまま子供の頃に戻れたら、

もしかしたら何とか上手く軌道修正できていたのであろうか…。

 

 

 

小さくて可愛らしい母は専業主婦。

僕が中学校に入り手が掛からなくなってくると近くの蕎麦屋さんにパートに出ていました。

小さくてよくはわからなかったけど僕が小学生の時とかには内職等をしていたと思う。

 

食べるものに困っていた日々もあったと思います。

子供等に先にご飯を食べさせ自分は残り物を食べるとゆう時期もあったはずです。

 

 

育ち盛りの子供4人。

何もわからない子供はそりゃ食べますw

3人は男だし(^^;

 

 

僕は好き嫌いが多かったからあれやだこれやだと迷惑掛けました。

でもおかげで残り物も増えてたかもw

と、良いのか悪いのかよくわかりませんが・・・。

 

今は親父と同じ会社で親父と一緒に仕事をしています。

自分を犠牲にしてまで僕を気遣ってくれるとても優しい母親です。

(別にマザコンってわけではありませんので(^^;))

 

 

今の自分があるのもこの二人のおかげです。

両親にはとても感謝しています。

本当にありがとうございます。

(親孝行できていませんがこれからなるべく早くしますm(__)m)

 

 

 

僕が小学生の時にJリーグが開幕。

周りがヴェルディ川崎!ヴェルディ川崎!

カズだ、ラモスだ武田だって言ってる時に僕は鹿島アントラーズの10番。

元ブラジル代表ジーコ選手のファンでした。

(後にジーコは日本代表監督にもなったよ。)

 

そんなやつは友達の中でマジで僕だけでした。

どっかねじれた性格なんです(^^;)

 

 

僕は小学校の時には、

「うちにはお金がないんだな~。」

となんとなく悟りあまりおねだりとかはしなかった方です。

どうしてもっていうものはたまにおねだりとかはしていたけど。

 

でも家族でどっか旅行に行きたいとかはほとんど言ったことがないし、

服だっておさがりの物が多かったです。

新しいのを買ってとはあまり言えなかった気がする。

多分。

 

こういった反動でファッションモンスターになる人もいるけど僕は服にあまり興味がない。

できれば年中スウェットとかで過ごしたいw

さすがにそれはしないけど(-_-;)

 

 

今の子供らは何して遊んでいるかは分からないけど、

僕が子供のころは色んな遊びをしていました。

 

サッカーとかキックベース(野球のバットを使わないやつ)とか、

ドッジボール、バスケ、卓球、チャリで遠出、

氷鬼(鬼ごっこ)とか缶蹴り、どろけい(けいどろ)、

秘密基地も作ったし、スーパーファミコンも面白かった。

 

なぜか”ビー玉遊び”が近隣の3つの小学校を巻き込むほどの大流行。

1つの小さい公園に学校も学年もバラバラの100人位?の小学生が毎日集まりビー玉で遊ぶっていうw

いつの間にかそのブームも無くなってしまったけど。

 

 

他にももう覚えていない位の数々の遊びを生み出し遊んでいたと思う。

子どもは遊びの天才ですね。

 

遊ぶために頭をフル回転させて色んな知恵を絞って遊ぼうとする。

いかに勉強をさぼるか、いかに親の目をかいくぐって遊ぶか。

 

それにかける情熱や貪欲さ、努力はものすごいものがあるなとw

尊敬とか感心するほどのものがあるなと思います。

大人になった今、”何か”をあの熱量でできればなとつくづく思う…。

 

 

まぁそんな感じでよく遊んではいたけど、

反抗期とかになると家では無口で一言もしゃべらない、

笑うことも全くない、まるで人形のような反抗期を過ごしていましたw

 

親に暴言を吐くとか何か反抗的な態度をとるとかはなかったのですが、

ま~静かで何考えているかもわからない少年でした。

なんか不気味だったと思います。

笑いも怒りもしないくら~い子。

 

 

学校にいても多少そんな所があった気もしています。

思った事を口にできなかったし、

一人蚊帳の外(かやのそと)みたいな空気を感じている時もあった。

 

何か発言すると悪く思われる、陰口を叩かれるかもと思うと怖かったし。

校内ではいじめみたいなこともやっぱりあったし。

特に女子はこわい…(;´・ω・)

(僕がいじられていた訳ではないけど。)

 

 

まぁとりあえず友達とはワイワイ楽しんでいました。

でも家では”無”みたいなw

中学生になるころには反抗期も終わって普通になっていたとは思いますが、

それでも割と静かな子供だったと思います。

 

 

小学校の時の夢はサッカー選手でした。

が、中学の時に諦めました。(はやっ!!)

 

諦めたというか他の事に興味が沸いてきたんです。

 

 

 

昔、「ビートたけしの元気が出るテレビ」という、

ビート武が司会の番組の企画で”ダンス甲子園”って企画があったんです。

それを見てからずっとストリートダンスに興味があって。

 

あ、

その前に一瞬インラインスケートにはまりましたw

俗にいうローラーブレード!

 

最初は全く興味なかったんですけど、

友達に誘われて水道橋(後楽園)のローラースケートリンクに滑りにいったんです。

全く滑れなかったけどなんか面白くて気づいたらハマってました。

 

頻繁にそのスケートリンクに滑りに行くもんだから、

そこの社長さんに可愛がって頂いて、

毎回タダ券を貰って毎週毎週そのスケートリンクに滑りに行っていました。

 

 

【ローラーゲーム】っていう、

インラインスケート&ローラースケートのプロリーグっていうのがあって、

なんだか知らないうちに僕らはそこのジュニア選手みたいな教育を受けるようになっていたしw

 

僕は途中でやっぱりダンスに興味が沸いてやめてしまいましたが、

続けていた友達は後々、東京ボンバーズっていう有名なチームや、

ムラサキスポーツのチームなどで活躍し、

プロのローラーゲームのスター選手と言えるくらいの成長を遂げていました。

 

(ローラーゲーム中の写真。ネットから拾い。)

 

それで話しをダンスの話しに戻すと、

僕が中学の1,2年の時に新しくダンス番組が始まったんです。

 

「RAVE2001」

 

TRFのSAMさんとかデビュー当時の優香が司会をやったりしてた番組です。

 

 

それを毎週、当時はビデオですよ。(VHSだっけ?)

毎週ビデオで録画して繰り返し観て真似してました。

自宅で1人で。

 

周りでやってる人も教えてくれる人もいなかったので、

わからない所は何度も何度も巻き戻して真似して。

 

たまにビデオデッキにテープが絡まったりするんですよこれが(^^;)

やべーやべーって焦っちゃって。

無理やり引っこ抜いてテープが切れちゃったりして。

 

しょうがないからセロハンテープとかで無理やりつなげて。

バンドエイドで直したのもありましたw

懐かしいなw

 

 

ずっと3倍速で録画してたんですけど、

番組が終わる頃まで撮ったら40本近くになってたかなw

まぁ最終的には無断で全部捨てられちゃったんだけ(´;ω;`)ウッ…

めちゃめちゃショックでしたわ・・・

 

 

そんなこんなで部活(サッカー)を引退してからは、

ダンス♪ ダンス♪ ダンス♪

完全にサッカーはやめてダンスに打ち込むようになりました。

 

 

そして都立の高校へ進学。

 

 

 

常識を知って恐怖し絶望していく日々。

(母校の写真です。)

 

高校に入ってもストリートダンスにどっぷりハマってました。

学園祭や体育祭等の学校行事やクラブイベント、

ダンスコンテストなんかにも出ました。

 

遊んで踊って恋愛して。

まぁどこにでもいるただのガキンチョで、

なんか何も考えずなんとなーく過ごしてました。

(今思うとほんと時間がもったいない(-_-;))

 

 

卒業後の進路は特に希望はありませんでした。

就職する人、目標をもって専門や大学に進学する人、

特に何もないけどなんとなく大学に行く人。

 

僕の周りではなんとなく大学に行く人が多かったと思います。

なんかそれが”普通”で当たり前みたいな感じでした。

 

うちは裕福ではないのは知っていたし、

大金が掛かる大学にとりあえずや遊ぶために行く気にはとてもなれなかったです。

 

でも、

専門学校のダンスパフォーマンス科への進学は少し考えてました。

大学と比べれば安いけどそれでも大金が掛かってしまう。

 

 

今でこそ少しはダンサーの認知度も上がり世間に少しは認められてきてはいるけど、

当時はまだまだ認知度も低く、

「ダンサーになりたいなんてバカいってんじゃねー!!」

みたいな時代でした。

 

今もまだそうっぽいけど・・・ってゆうかきっとそう。

 

ダンサーで稼いでいる人が少ないからなんだろうな。きっと。

ダンサーはダンスとビジネスを別々に考える人が少ないから(-_-;)

感情で動く人が多いし。

 

 

自分で学校の学費を払うのは無理だと思ってたし、

就職して仕事が終わってからでもダンスはできる。

 

そう思うようにして諦めようとしてる僕を情けないなと思った親父は、

「本気でやりたいなら親や周りの反対を押し切ってでもやってみろ!」

つって後ろから僕の腰に手を回し、

投げっぱなしのジャーマンスープレックス!!

 

 

は、していませんが(^^;)

 

 

それくらいの気持ちだっただろうなと思います。

男じゃねーなーってね。

 

 

そうして親父の言葉に後押しされ、

僕は専門に進学したいとお願いし新宿の専門学校に入学させてもいました。

 

まぁ先に言ってしまうと、

僕は結局プロのダンサーにはなれませんでした。

 

 

20歳で専門を卒業してフリーターになり暫くはプロダンサーを目指してたんですが、

世間で言う ”常識” とでも言えばいいのかわかりませんが、

”目に見えないプレッシャー” に僕は少しずつ少しずつ押し潰されていきました。

 

 

え?まだフリーター?

いつまで遊んでるの?

子供じゃないんだから。

いい加減に就職しろ。

いや完全負け組。

まだお山の大将気取ってるの?。

しょうがないよ。ピーターパンだから。

社会に出て勉強しろ。

で、これからどうするの?

社会保障とかあんの?

親に心配かけんな

そろそろ就職できなくなるぞ。

お前甘いよ。

現実逃避。

やばいっしょ。終わってる。

しっかりしろよ。

 

 

とかまぁ色々言われました。

直接何も言わない人でもそうゆう”目”とか”表情”をするんですよね。

そうゆうのもやっぱり辛かったし苦しかったし悔しかった。

 

 

自分でもダンサーとしての可能性とか疑い始めたりしてたから、

「就職しないといけないよな・・・」

って思考に自然と変化していきました。

 

 

それの影響か、次第に自分で自分に疑問を抱くようにもなっていきました。

 

「俺はなにやってるんだろう。」

「何がしたいんだろう。」

「俺って何なんだろう。」

「なんのために生きているんだろう。」

「生きてる意味ってあるのかな?」

「いなくても世界は何も変わらないよな?」

「居なくなったら誰か悲しんでくれるのかな?」

「みんななんで生きてるんだろう。」

「どうして俺はここにいるんだろう。」

「どうして俺は、俺なんだろう。」

 

僕の頭の中ではそんな自問自答が永遠続いていました。

 

 

 

僕は勇気がなかったんで自殺する気にはならなかったし、

そこまで追い詰められているわけではなかった。

でも別にいつ死んでもいいやとは思っていました。

(今は全く思ってません。まだまだ死にたくないです(^^;)

 

 

きっと医者に行っていれば”うつ病”って言われていただろうし、

”アイデンティティクライシス”と言えばそうだったのだろうと思います。

 

そんな状況でも一応ダンスは続けていたので、

人とのつながりがあったのが良かったなと今では思います。

もしそれがなければもっと暗い闇の中に行っていたと思う…

 

無理やりにでも人との関わりがある事で”外の顔”を作らないといけなかったから。

どこか気を張っていたから。

 

 

そんな僕を少し強引に救ってくれたのが1人の女性でした。

その女性とは前から知り合いで再会って感じでまた仲良くなって、

それがそのうち恋愛にまで発展。

 

 

まぁその後、彼女に浮気されて結局別れたんだけどw

でも彼女との出会いは本当に大きかったし、

ありがたい事だったと感謝の気持ちの方が大きいです。

 

 

話しをちょっと戻して、

その彼女と再会する前に僕は就職をしようと思い始めていたのだけれど、

ただ給料が良いからとか福利厚生がどうのとか、

こっちよりこっちのが条件が良いからとか・・・

 

何の興味もない仕事を適当に選んで毎朝死んだような顔で電車に揺られている人。

同じような毎日をただただ繰り返してるようなロボットみたいな人。

愚痴や不満ばかりを周りにばらまいてる不幸な人。

奴隷のように疲れきって働いてる人。

生活費のためだけに毎日出勤し仕事へのやりがいや意欲もなく、

なんとなく無駄に時間を過ごしている人。

 

 

 

そうゆう人とかにはなりたくなかったし、

そうなる可能性がある中でこれから何十年続けなければならないと考えた時、

僕はそれがとても恐ろしかった。

 

 

いやこれじゃあかんやろ俺の人生!!

こんなんでええんか??

(関西弁はしゃべれません)

 

って強く感じてました。

 

 

悲しいことに、

それでもどこかに就職はしないとこの社会では【人間】と思われません。

 

就職していないだけで就職してる人達からは無条件に見下されバカにされ

親は心配し女性からは即恋愛対象外。

 

 

 

あ”あ”ああぁぁぁぁーーーーーーーー( ノД`)シクシク…

 

 

・・・・・・・。

 

・・・・。

 

 

 

 

んで、

就職するなら少しでも興味ある仕事が良かったから、

僕は安易に好きな動物関係の仕事を探し始めて

最終的には トリマー (犬の美容師)って資格を取って就職しようと思いました。

 

(写真は元勤務先のお店から拝借)

 

 

学費を稼ぎながら、

ろくにしたことなかった接客の仕事を少しでも覚えるために

これまた安易に選んだのが居酒屋の仕事でした。

 

 

過去に接客っていうと、

マクドナルドとパチンコ屋でバイトしたことはあったけど、

マックではレジの仕事は断り続け、

パチンコ屋はちょっとまた特殊な感じするんで、

居酒屋入った時には接客は初めての感覚で始めました。

 

 

この居酒屋でのアルバイトが、絶望の門でした。

 

 

 

ブラック企業で喰らった衝撃はビッグバンインパクト!?

 

大都会 花の都 東京。

サラリーマンの聖地 新橋。

テレビによく出るSLが置いてある広場がある場所。

僕がアルバイトで入ったお店はそこにあります。

 

平日はサラリーマンでごった返してます。

金曜の深夜なんて道端に死んだように横たわる酔いつぶれた人が何人も(^^;

そのすぐ横で気にせず飲み続ける人もいるしww

本当に具合が悪くて倒れててもきっと誰も気付かないだろうなと思う…

 

居酒屋の経験はなく初めてだったので、

最初は右も左もなんにもわからなくて大変だった。

 

ドリンクの作り方や言葉使いも解らないし。

電話の対応の仕方、料理の運び方や料理の知識。

その他いろいろと。

 

 

自分が居酒屋へ飲みに行った時、

忙しそうだから店員をわざわざ呼ぶのは悪いなと、

気を使ったつもりで自分が店員の所まで行ってオーダー言ったり

物を取りにいったりしてる時あったけど、

それが逆に迷惑だったんだなと働いてみてわかりました(-_-;)

 

それに、中々帰ってくれないお客様・・・困ります(;´Д`)

 

 

僕が今まで迷惑をおかけしたお店の方々、

大変申し訳ございませんでした・・m(__)m

 

 

 

さて、

365日、年中無休のこのお店。

飲食店は基本的にブラック企業ですよとよく聞きますよね?

ここもそう。

 

 

半日勤務は当たり前。

週に1度しかない休みも会議などがあれば出勤の時あり。

会社の会長が食事しにくるってだけでも休日出勤する社員も。

 

家が遠いため、帰るのは週に2.3回であとは店で寝泊りしてる社員もいました。

風呂は近くのサウナか調理場で洗うか。

 

 

毎月の売上目標があるけど、

もし目標に届かない時は自分の財布から数万円とかをレジに入れたりする社員。

もちろん目標に届かなければ怒られます。

 

 

上司に頭を下げて、酔っ払ったお客さんに頭を下げて

「つらいね~。しんどいね~」

とつぶやいている…

 

 

家族との時間も作れず時間帯も合わない。

夫婦仲は悪くなり離婚したという話しも珍しくない。

 

 

社員がそこまでがんばっても大震災や不況のせいで経営は傾き、

東日本大震災前には10店舗位あったお店が今では2店舗まで縮小し。

(これは不況だけの問題ではなくマーケティングなどの問題もでかい)

 

 

将来の不安も大きくなり社員は辛そうで大変そうだなって思ってました。

お世話にはなってるけど絶対にここの社員にはなりたくないなと(・_・;)

 

早くお金貯めてトリマーの資格を取って、

そっちの仕事をがんばろうと思ってました。

 

 

 

そんな時に1つ、大きな出来事がありました。

 

 

このお店で料理長をしていたアラフォー男性がいました。

 

見た目はちょっと怖いけど、

二日酔いの時以外はいつも明るくて面白い、

料理も美味くて大酒飲みの気さくで良い人。

 

 

いつも「一刻者(いっこもん)」っていう芋焼酎を、

それ水割りですよね?

っていう量をグラスに注ぎロックで飲んでいましたw

 

僕がいた店舗から違う店舗に移動したんだけど、

暫くしてから会社をやめて違う居酒屋に入ったみたいです。

業種は同じですがまぁ転職ですね。

 

 

会社やめてからはたまに連絡とったり、

「お前そっちやめてこっちこいよ。女の子もいっぱいいるぞ。」

って誘ってくれたりしてたのですが、

お互い忙しいし時間も合わない事もあり段々と連絡も取らなくなっていきました。

 

 

それから1年か2年か。

 

店の社員の人から、

「みらい。ちょっと話しがある。」

 

暗い表情に低めのトーン。

雰囲気から良い話しではないなと瞬時に悟った僕。

自分の事なのか、あるいは他の話しなのか・・・

 

 

頭の中でぐるぐると色んな事を想像しながら店の奥の席へ。

席に座ると少しの間を置いて、前触れもなくいきなり言ってきました。

 

 

「実はな、 Kさんが亡くなった。」

 

 

良くない話しなのは感ずいてはいたけど、

そんな内容とは全く予想していなかったです。

 

正直、最初の

「えっ!?!?」

以外に何も言葉が出なかったです…

 

 

その時の感情をできれば細かく伝えたいけど、

正直なんだかあんまりよく覚えてない。

 

ただ楽しそうな酔っ払ったおっちゃん達の笑い声だけが遠くに聞こえてました。

 

 

死因はまだわからないとの事でしたが数日後に聞きました。

 

そうあれです。

僕の人生に衝撃を与えたもの。

 

 

死因は 【自殺】

 

 

僕はこれまでに事故や病気等で友人知人の死を経験してきました。

が、これはマジでものすごい衝撃だった。

 

自ら死を選んだんです。

まさかあの人が。

そうゆうのとは全くの無縁と思われるあの人が。

 

 

本当に信じられなかったです。

 

 

僕は何か少しでも力になれたのではないかと悔やみました。

 

 

一緒に働かなくてもせめてたまに飲みにでも行ってれば・・・

たまに連絡くらいとっていたら違う結末になっていたかもしれない・・・

 

 

どうやら移動した居酒屋もやめて他のお店に就職していたみたいだけど、

そのお店もやめていたとかいないとか・・・

 

知らなかったけどかなり色々と悩んでいたらしい。

やめてからも僕が働いている所の元上司のとこへ相談しにきていたみたいだし。

 

 

自宅の浴槽で発見された時は死後2ヶ月が過ぎ、

身体は半分溶けかけた状態だったらしいです。

 

家の中の隙間という隙間にテープが貼られ、

部屋の真ん中には七輪が置いてあったらしい。

いわゆる、練炭自殺というやつでした。

 

 

一体どんな気持ちでテープを貼っていたのか…。

僕には全く想像できない。

正直想像したくないという気持ちも大きいです。

 

つらいし、怖い。

 

 

40歳前半で独身。

どんな悩みがあったのか僕にはわからないけど、

”僕の頭の中ではまだまだこれからの人”

でした。

 

でも”あの人の中では、もうここまで”だったようです…。

 

 

なぜこうも考え方が違かったのか。

あの人のことをなんにも知らなかったんだと思いました。

 

「楽になりたかったんだよ・・。」

 

その話しを聞いていた時、その時の料理長がただ一言だけそう言っていました。

 

 

 

みんな暗い人の事なんて興味を持たない。関わりたくない。

 

僕は料理長の一言を聞きなんだかモヤモヤしつつもそうだったんだなと、

ただなんとなく納得することしかできませんでした。

 

なぜそんな事をしたのか理解できなかった。

一度は闇に飲み込まれそうになっていた僕だけど、

自殺したいと思うほど深い所までおちてはいなかったし、

とりあえず親より先に死んではダメだと思っていたので。

 

まぁ死ぬ気はないけど別に死んでもいいやとは思ってたけど(^^;)

 

 

仲の良い人やいつも一緒にいる人同士でも人の心の中はよくわからない。

 

仲の良い友達と久しぶりに会って昔の話しをしていた時、

本当はあの時こう思っていたんだよって話しをするとビックリされる事ってありませんか?

実はこうだった、なんて知らない話しも意外と多かったりします。

 

いつも一緒にいる仲の良い友達同士でも知らない事は多い。

 

 

自殺してしまったあの人のことを深く知る人なんていたんだろうか。

気付いている人なんていたんだろうか。

 

きっといなかったんじゃないかな。

かつての僕の心の闇を誰も気付かなかったように。

もしくは気付いていたけどただそこに触れてこなかっただけか。

 

 

周りの人なんて結構冷めたもんで、

ただの暗い人、ネガティブな人、くらいにしか思わない場合も多いです。

 

本気で心配してくれる人なんてそうそういない。

付き合いの浅い人はわざわざ踏み込んでそんな人と関わろうとはしてきません。

まぁ一緒にいるデメリットを考えれば当たり前なんだろうけど。

 

そんな暗い人間と一緒にいても面白くもなんともないですからね。

さらにめんどくさいしなんか気持ち悪いとか思われても仕方がない。

自分はそういう態度や行動や表情、発言や発音をしていたんだからしょうがない。

 

と、今の僕は過去の自分の事を今となってはそう思います。

別に今の自分が素晴らしい人間なんだよとかって事を言いたい訳じゃなくて。

 

今は置いといてとりあえずあの頃の自分は本当にダメダメなやつだったって事。

人なんて寄ってくるわけがない。

 

 

でも、

そういう状態になっている時にはそういった事に自分で気付いて自力で改善していくのは多分無理。

気付いたとしてもそこから抜け出すのはかなり難しいと思います。

必ず外部の力が必要になるかなと。

家に引きこもって外部を遮断してひたすらゲームとかしてたら絶対無理です。

 

僕は運よく外部の影響があったから救われました。

 

 

前に1人の女性が救ってくれたと書いたけど、

この女性とはかなりの時間色んな事を語り合いました。

そうしていってなんとか彼女が僕の心の深い所へ辿りついたとはっきりいえます。

 

 

ぶっちゃけ始めは自分でもよくわかっていなかったです。

自分がどんだけ苦しんでいたのか。つらかったのか。

 

 

彼女との会話の中の流れで自己開示していくうちに、

段々と頭と心が整理されていって自分でも知らなかった自分が出てきた感じだったのかな?

要はブレインダンプをしていった感じです。

※ブレインダンプとは、簡単に言うと頭の中を整理して自分の事を理解していく作業のこと。

 

なんかカウンセリングを受けているような感じだったのかもしれません。

僕カウンセリングとか受けたことないですけど(^^;)

ちなみに彼女はカウンセラーとかでもありませんけどw

 

 

ある時、僕がどんな顔をしていたのかは分からないけど、

なぜかふいに抱きしめられたことがあります。

付き合ったりはしていなかったしそうなった理由も僕にはわかりませんが。

 

でも抱きしめられるとなぜか自然と涙があふれ出て、

僕はそのまま身を委ね大泣きしていましたw

 

あの時のあれは何年ぶりの涙だったかな。

覚えてないや。

 

 

まぁとにかく、

あの時期に自分の事をしっかりと見つめ直す時間があったのは良かったです。

おかげで救われた気がします。

 

僕は元々あまり自分の事は人に話さないし、

思ったこととかも言えずに溜め込むタイプの人間だったので。

 

 

自殺した元上司はきっとそういった機会がなかったんだと思います。

そういった出会いとか。

まぁそれは別に女性じゃなくてもいいし。

男性でも子供でも年配の方でも国籍の違う人でも誰でも良かったと思います。

 

別に人でなくても出来事とかでもなんでも良い。

ただ何か、その人の心に一筋の光を当てるものであればなんでも。

 

 

残念ながらその人の元にはそれらは間に合わなかった。

光が射す前にその人は限界を感じ、

全て終わらせようと行動してしまった。

 

とても悲しいことでした。

 

 

僕がこんなに感じるくらいだから、

もっと身近にいた人はもっと強く感じいるんだろうなと思います。

正直どんな気持ちなのか・・・。

 

僕はこれ以上そういった悲しい思いをする人達を増やしたくないと思っています。

 

 

現実を変えようとしたら新しい自分に気づいた!

 

 

ちょっと話しが横にそれていましたが僕の仕事の話しに戻りますね(^^;)

よくこんな悩みをネット上やテレビで目にします。

 

  • リストラされないか不安。
  • この会社は大丈夫か心配。
  • 定年までしっかり働いていけるか?
  • 年金と貯蓄だけで老後の生活できるかどうか?

 

他の関連記事でもこんなのがあります。

トイレの中にいるときにでも読んでください(^^♪

 

30年以上続く企業は○○%

メガバンクの大量リストラは”大リストラ時代”の序章にすぎない。

「5年後 高学歴大量失業時代がやってくる!?」の記事を読んで・・

 

 

年金は65歳からの支給になったのでそれまで働きつづけなければなりません。

70~75歳の支給に変更という話しもありますね。

 

定年退職と年金が支給される年齢までの間に開きがあるので、

定年退職するまでにはある程度の貯蓄をしなければなりません。

まぁ老後の生活も考えて。

 

不況で給料もなかなか上がらないのに。

税金だけがどんどん上がっていく時代に。

釣られてなぜか政治家や公務員などの懐に飛び込むお金も増えているようですけれど…

 

 

簡単に考えても不安になるばかり。

自分は早く専門職であるトリマーとして就職しお金と経験を積んで独立。

店舗を拡大して仕事を続けて幸せになるしかないと思っていました。

 

 

それから暫くしてトリマーとしての就職が決まり、

地元近くのトリミング室で働く事に。

やっとスタートラインだしここから頑張らないとと思いつつも、

緊張と不安で頭と心は押し潰されそうでした。

 

 

就職したお店は結構繁盛してる店で忙しかったです。

(低単価だったので頭数をこなすのが大事なお店。だから忙しい。)

 

朝9時に出勤し9時半開店。

19時半に閉店で速くて20時半に店を出る。

 

週の後半は忙しくて店を出るのは大体21時過ぎ。

それがその店の”当たり前”でした。

遅いときは22時過ぎに店を出る事も。

 

 

自分の作業が遅かったり忙しかったり

トラブル等で作業が遅れた場合は休憩は無し。

お昼ご飯どころか水を1口飲む事もできない時もありました。

お店が閉店し仕事が落ち着くまで。

 

自分の作業がスムーズに進んだ場合でも、

他での作業の進みが悪ければフォローに入らなければなりません。

時間通り作業が進み休憩に入れても30分のみ。

ゆっくりお昼を食べる時間はなかったです。

 

 

犬のトリミングをしたことない人は分からないだろうけど、

トリミングってめっちゃめちゃ体力を使います。

 

何がとは細かくは説明しませんがとにかくめちゃめちゃ疲れる作業なんです。

(小型犬はまだいいけど)

下っ端は汗だくになってずっと運動してる感じですw

 

 

なので水を1口も飲まずに半日作業とかってまぁ地獄でした。

しかも扱うのが生き物なので、

ケガや事故が無いようにずっと集中してなきゃいけないんです。

 

そんなの無理ですから。

そんな長時間も集中力続かないです。

でもお客様の大事な家族をお預かりしている訳で気は抜けません。

 

お陰で1ヶ月半で10キロ近く体重が減ってましたw

まぁ他の店舗だったら違かったと思いますけど。

忙しいお店だったんで。

 

 

僕はいつか独立するつもりだったので、

そのためにお金も貯めなきゃいけなかったんです。

でも給料すっごい安かったんです。

 

 

15万円……

 

 

 

手取りで12とか13万とか。

そこから月々の支払いとかしたら

月に自由に使えるお金が2万もない位でした。

 

 

正直きつかったですけどお陰でタバコはやめれましたwww

ありがとうございます。

 

いや~しかしこれだけ動いてこれだけかって思ってました(-_-;)

しんどかったw

 

それでも独立するまではしかたがないと思ってがんばろうって思ってたんです。

でも、ある日ふと気づきました。

 

 

その金額じゃ独立するための資金貯まるまで

ど ・ ん ・ だ ・ けーーーーーーー(゚Д゚;)!?!?!?

 

 

ってなってしまいまして。

このままじゃ一生独立資金なんて貯まらないと気付きました。

 

 

系列店の違う店舗で働く人は、

一回お店をやめてパチンコ屋でバイトしてお金を貯めてまた戻ってきたらしいです。

 

んで経営とか学ぶためにセミナーとか通ってて金が減ってきたと。

だから本当に独立するにはまた資金を貯めなきゃいけないとかなんとかかんとか。

 

 

当時の僕は無知でバカだったので、

「うわ~そんな大変なのか~マジか~」

って感じでした。

 

 

トリマーとしてまだまだ未熟で空いてる時間も勉強しなきゃいけなかったけど、

技術身についてもお金貯まらなきゃ結局意味ないと思って、

正直一気にお金の方に意識がいきました。

 

 

そしてある日、僕は先輩から新情報を掴みました!!!

 

 

なんとなんと、

トリマー全体を指導する立場の人でも、

僕とたった1万5千円しか給料が変わらないという衝撃の事実!!

 

 

”う”う”うあああぁぁまぁぁぁじぃぃぃっっっす

 

かぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!!!!!

 

 

 

まずは技術を身につけてからだ!

な~んてゆっくりやってられません(◎_◎;)

 

 

それに真剣に仕事続けてればイヤでも技術は身につく。

真剣に仕事してても会社が給料上げてくれないとお金は増えない。

増えてもちょっと。

 

だから何か副業するなりなんなりかして探さないとと思い

ネットで検索したのがほんと転機となりました。

当時はパソコンもなかったからスマホで。

 

 

それまではインターネットってあまり使ってなくてむしろちょっと毛嫌いしてる感じでした。

興味も全然ないし信頼できないし。

信頼どころかなんかで騙されたりして詐欺にあうとかすげー思っててww

 

でもその副業探しの検索がキッカケでネットを使うようになって、

今では本当に良かったなって思ってます。

 

 

世界中何十億人を相手に商売し稼いだりもできる可能性がある。

という事を知れたこともそうだけど、

自分は地球上で70億分の1の存在で、

この世界で唯一の存在であると知れたことも良かったです。

 

 

・自分の人生は自分が主役。

自分で自分の人生を作って歩いていかなければならないこと。

 

・自分の望みは、自分でしか叶えられないということ。

 

・自分の望みは、自分でなら叶えられるということ。

 

・世界はいろいろな素晴らしいもので全てが繋がっているということ。

 

 

 

 

ネットを使っていない生活してた時よりも

自分に入ってくる情報の質も量も圧倒的に違う。

 

 

世界の拡がりは人生の可能性を大きく拡げる。

 

ネット上には悪い人とかいっぱいいて

犯罪とかもあるしウソや間違いも沢山あって、

自分で善悪とかの判断をしなきゃいけないんだけど、

良い人とかもいっぱいネットを使ってるから

自分にプラスになる情報なんかもいっぱいあります。

 

 

朝起きて満員電車に揺られて会社行って、

職場の人と世間話しや仕事の会話して帰ってテレビみて、

たまに新聞や本読んでゲームして寝て、

起きてまた満員電車で会社に出勤。

 

 

この生活だけだと本当に一部の情報しか知る事ができません。

しかもテレビや本、新聞、人との会話も善悪や正しい間違い等がある。

それにマスメディアには人を洗脳できるように情報が操作されているので

自分で考える力などがどんどんなくなっていきます。

 

 

「100年前は1000万人をコントロールするのは簡単だった。

しかし今は1000万人をコントロールするよりも殺すことの方が簡単だ。」

 

これはどっかの国の政治家が発言していた言葉です。

(誰かは忘れました。)

情報が溢れて規制できずコントロールが難しくなってきていると。

 

 

インターネットは情報量が膨大で世界中の人と繋がれる。

それは過去の偉人とも。

 

昔は図書館でしか知りえなかった情報も

今はネット環境さえあればどこでも知ることができます。

ビジネスのビの字も知らなくても情報を集めて勉強しようと思えばすぐできる。

 

 

そのおかげで、

僕は今”なにかを知る”という事がとても楽しいです。

もっと色んな事を学びたいと思っています。

 

今までなぜそうしてこなかったのか不思議なくらい。

今は色んな事を知りたいと思っていて時間を大事にしたいなって思ってます。

 

 

生きていれば色々な楽しいことっていっぱいあるんだなって思うようになりました。

もちろん辛いことや苦しい事もあるとは思うけど、

でもその分逆の感情を感じた時の快感は大きいと思う。

達成感とか幸福感とか喜びとか感動とか。

 

それらを感じるためには、

むしろ辛いことや苦しいことも多少は必要なんだなとさえ思えるようになりました。

それにそういう感情を感じるためには生きていなければいけない。

(まだ死んだ事がないから、多分…。)

 

 

自殺した先輩の心境は分からないけど、

自ら人生の幕を閉じるというのはよっぽどだったのでしょう。

 

 

日本の年間自殺者は数万人。

年間10万人以上が自殺だと言ってる人もいます。

日本でも特に東京は多いです。

 

 

大体が金銭的な理由で。

それで精神が病んでしまってとか、

薬や危険ドラッグに逃げちゃってとか、

ヤミ金に金借りてとかそれぞれ色んな理由があると思うんですけど・・

 

 

悲しいですよ。

 

 

その人と繋がっていた多くの人達が悲しい思いをする。

もしかしたら後を追う人もいるかもしれない。

一生後悔の念を抱いて生きてく人もいるかもしれない。

取り残されて悲惨な人生を送る人もいるかも知れない。

 

 

ほんと悲しい。

 

 

とりあえずお金があればそんな悲しいことはほとんどない。

世の中の8、9割のことは大体お金で解決することができます。

もちろん無理なこともありますけど。

 

 

日本ではお金の事やビジネスについて全く教育がされないから、

ほとんどの人が就職する以外に稼ぎ方を知りません。

 

義務教育を終えて、

良い高校大学に入って、

良い会社に就職する。

老後までにお金を貯め、

老後は貯めたお金と年金で余生を楽しく過ごす。

 

 

これが当たり前でこれが普通。

こうしなきゃいけないと思い込んでいる所があるし、

これが一番賢い生き方なんだと思っている所もある。

 

このレールに乗っていない人は、

特殊な人や凄い人、

もしくはただの変な人や社会不適合者と思ってる。

 

自分や普通の人とは違う人なんだって勝手に思って、

自分とは縁のない世界の人間なんだって感覚を持っている場合がある。

結果、何事も始める前から諦めてしまう人も多いです。

 

 

「今のこのレールが普通だしみんなそうしてるんだからこれで良い」

と思い込んでるし思い込もうとしてる人もいる。

違うレール乗ることが怖いとかは当然あると思います。

僕も当たり前のようにそういう風に考えて生きてきました。

 

 

でも、実際はもっと色んな生き方があります。

特に今の日本に生まれたのであれば、

既にかなり自由に自分の人生の選択肢を自分で選ぶ事ができます。

 

それに知識を身に付けたら色々な道がもっと見えてきます。

今まで一本しか道はないんだなと思っていた道が複数見えてくるようになります。

ただ単に知らなかっただけだったっていう場合も多いです。

 

まずはどんな道があるのかを知ってみて、

それからただその道の事について学びさえすれば、

きっとどんな道でさえも歩んでいけるようになれます。

 

”知る(学ぶ)”ということは要するに地図を手に入れるようなもの。

 

地図があれば新しい道があるのが分かるし新しい行き方もわかる。

その道を通るか通らないかは自分で決めればいいと思います。

 

 

例えば、

あなただって社長になりたければ今からでも社長になる事ができます。

今はビジネスの知識が0だったとしても、

ビジネスを学んで自力で稼ぐ事ができるようになれば、

起業して社長にだってなれます。

 

会社に行って誰かに仕事を貰わなくても、

自分で仕事を生み出し直接対価を得る事ができるようになれます。

 

 

忙しい経営者ではなく優秀な暇な経営者になれれば、

大きな収入を得ながら自由な時間がある生活を送る事も可能です。

好きな場所で、好きな人に囲まれて好きなように自由に生きていける。

 

既に多くの人がそういう生活をしているように。

 

 

僕の目の前にはチャンスが沢山あります。

もちろんあなたの目の前にも。

 

それに気づくか気づかないか。

それをチャンスと思えるのか思えないのか。

それを知っているのか知らないのか。

やるのかやらないのか。

 

ただそれだけのことです。

 

 

もしかしたら、

「そんなの自分には無理に決まっている。」

と思うかもしれません。

 

けど今はインターネットがあるし、

先人達がすでに成功までのルートを整えてくれていて良い情報を教えてくれます。

 

昔に比べれば圧倒的にビジネスをしやすい環境が整っています。

最初は何も分からないので当然難しいと思うかもしれません。

でもそんなことは当たり前です。

 

だって何もわからないのだから。

どうしても仕方のないことです。

 

 

しかし、諦めずにがんばって学んで行動していく人はできるようになります。

それに学ぶ人の方が少数派なので圧倒的にチャンスは多いです。

 

 

もしお金の事で悩みや不安があるのなら、

もし自由に使える時間がもっと欲しいと思っているのなら、

まず最初にやらなければならない事はこれだと思います。

 

まずは、

【どうすればそれらが手に入るのかを知る】

たったこれだけだと思います。

 

もちろんそれを知ったところでお金や時間が手に入る訳ではありません。

けど知らなければ絶対にそれらは手に入りません。

知らなければ話しにもならないし1%の可能性も生まれません。

 

とりあえずは、

このブログの記事を読み進めていくだけで知ることはできると思います。

あとはそれを手に入れる方法を学んでただその方法をやるだけ。

 

今の色々と制限された生活から抜け出す方法は実は非常にシンプルです。

やることは。

簡単ではないですけど。

 

でも諦めずに努力すればできるはずです。

僕はある程度のものはなんでも”やればできる”と思っています。

実際にやるやらないは置いておいて。

クオリティーとか完成度も置いておいてw

 

 

最初はビジネスの事なんて本当に何もわからなかったです。

学歴なんてなかったし知識なんてもちろんなかった。

人脈なんてあるはずもありません。

普通の一般的な企業にすら就職もしていない。

 

それでもネットを使ってビジネスの事を学びながら実践してみた結果、

ネット上で物が売れて僕の銀行口座にお金が振り込まれてきました。

それが大金ではなくてもネットを使う前とは大きな違いだと思っています。

 

副業でもネット上で物が売れる事を知り給料を貰うという方法以外でお金を稼げる人

と、

給料を貰うという形でしかお金を稼ぐ方法を知らない人

 

 

これが同じだとは僕は思えません。

どう考えても前者の方が経済的な不安や悩みを解消できる可能性が高い。

 

でも一部の人にしかできないすごい難しい事かというと案外そうでもない。

知って学びさえすれば誰にでもできる可能性はある。

 

インターネットがそれを可能にしてくれました。

それくらいインターネットというものは凄い力を持っています。

どう使うかは自分次第。

本当今の時代に生まれて良かったなと思います。

 

 

もし老後の事やこれから先の未来が心配であったり不安であったりするなら、

インターネットっていう神のような力を借りて今の生活から一緒に抜け出しませんか?

 

もちろん現状で経済的に困っているような場合であるならすぐにでも行動してみて欲しいです。

何もしていなくても時間はあっという間に過ぎていくので行動するなら早い方が良い。

 

 

これから僕が知っている知識や経験などをこのブログやメルマガで発信していきます。

 

僕は大きなことはできないかもしれないけど、

少しでも悲しい出来事を無くせるよう、

悲しい思いをする人を減らしていきたいと思っています。

 

 

あなたの生活が少しでも楽になってもらいたい。

もっと視野を広げていろんな事に気付いて欲しい。

楽しいこと嬉しいこともいっぱいあるんだよって伝えたい。

 

 

みんな自分の生きる人生を愛してほしいし

愛する人生を生きてほしいです。

 

人生は一度きり。

リハーサルなんてものありません。

常に今が本番です。

常に人生ど真ん中。

あなたが主役のあなたの人生です。

 

 

このブログを読んでくれているあなたや、

あなたの周りの人が幸せな人生を過ごせるように

僕が少しでも何かのお役に立てれば良いなと思います。

 

もちろん僕自身も幸せな人生を歩んでいきます(^^♪

 

 

長かったと思いますが、

最後まで読んで頂き本当にありがとうございました!

 

 

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プロフィール

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初めまして、みらいです!日々の生活の経済的な悩みや人間関係、将来不安などでストレスを溜めるのはもうやめませんか?
今この瞬間からあなたの人生はあなたの望むように変えられます。

僕は24歳の時に トリマー(犬の美容師さん) になろうと決意し、そこからお金を貯め学校に通いトリマーになることがでました。

ところが、重労働によりヘルニアになってしまい、トリマー人生はわずか半年で終了。

トリマー時代のあまりの給料の安さに耐えられずに副業を探していた時にインターネットでビジネスが出来るとゆうことを知り実践。

仕事の後にちょろっとやっただけで初月に2万円の利益発生。
その後も手探りでやった結果、休日にちょろちょろっとやったら累計で50万円以上の収益が・・・詳しいプロフィールはここをクリック

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